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Yasto

Author:Yasto
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2011.06.02  あのさそりのやうに


今回の宮城への旅についての報告を、
diceがブログにアップしてくれました。

きっとあの場で演奏した俺達三人の想いは、
同じだったと思います。

俺も昨日あたりからポツポツ報告の記事を書いてたんだけど、
あの記事を見た後にはもうアレよりいい文章は書けないなと思いました(笑)

本当に俺の気持ちまで代弁してくれたような文章です。
私、恥ずかしながら、
兄弟の書いた文章を読んで目頭が熱くなってしまいました(笑)

だからぜひその記事に目を通して欲しい。

http://ameblo.jp/dice-bp/

ヨロシクね。


それと俺の方からは、
経過報告的なそういう記事はやめておくね。



さて、今回たくさんの仲間やファンに支えられて、
BLACK PEARLに精一杯カッコつけさせて貰って、
みんなの想いを届けに被災地へ行きました。

未曾有の大地震、大津波でたくさんのものを失った被災地で、
残っている物はどれも壊れきった物ばかりで、
言葉を失うような見たくないものばかりでした。

だけど、そんな絶望的な空間から聞こえてくる子供達の笑い声や、
大人達の「がんばっぺ!」という言葉、前を向いている人間のとるきびきびとした行動は、
驚くほど底抜けに明るいものだった。

そのどれもが、
たくさんの慰問者や俺達や、
他人に与えられた元気なんかじゃなく、
人間の強さ、
皆の底にある生きようとする力、
生きていくんだという心なんだと、
強く感じました。


そう、俺達に言われなくても、
彼らはちゃんと前を向いて生きている。


その全てを目の当たりにして、
「俺は何を思い上がった勘違いしているんだ」
という思いでいっぱいだった。

俺達がまがりなりにも伝えようとしたメッセージを聞いている子供達の放つ視線から
「当たり前だよそんな事!」
っていう声が聞こえてくるようでした。



ライヴをやる前、
避難所である歌津中学校の校長先生は、
仕出しの牛丼と宮崎県から送られたという新鮮なトマトを俺達無名のミュージシャンに精一杯ふるまってくれながら、
「メディアで見聞きした情報だけで、
現場を知らない状態で書き上げたYELLという曲を、さも神妙な顔で被災地に届けに来るという行動は本当に正しかったのか」
と葛藤する俺達に言ってくれました。

「『来て』くれたという事が全てだ。これからも困っている人のそばへ『行って』何か出来る人でいて下さい」と。


また、違う先生は言ってくれました。

「これから一番大変なのは私達じゃなく次の世代、子供達だから、どうかあの子達の為にYELLを歌ってやって欲しい」と。


そしてdiceのblogにも書かれていた、
お祖父さんに買ってもらったギターを津波で失ったマサノブという男の子。

アイツは俺にくっついてギターの事についてたくさん聞いてくれて、
この日使ったピックや身につけていた物を彼にあげたら、
本当にキラキラした笑顔になってくれ、こんな事を言いました。

「やったー!ありがとうございます!俺、昨日、弟が生まれたし、最近イイ事続きなんですよ!」



生きてる人間のパワーってすごいんだと思って、
思わず涙がこみ上げました。

芸能人の慰問者がよく言う、
「元気をあげるつもりが、
逆にみんなに元気をもらいました」
っていう言葉。

俺はバカにしてたけど、
本当にその通りだった。

しっかりすべきは彼らじゃなく、
俺らなんです。



最初に生徒の前でアコースティックバージョンでYELLをプレイした時、
俺は人生で初めて、
「俺はバンドをやめるかもしれない」
という事を想像しました。

圧倒的に過酷な状況の中にいて、
それでも笑っている子供達に対しての圧倒的な自分の力の無さ。

無力感。

今までやってきた事は何だったんだ、という気持ち。

この歳になるまでステージに立つ事を自分の全てにして、
色んなライヴをやらせて貰ってきたが、
正直に言って、
一番精神的に参ったライヴだった。

ぬくぬくと好きな事ばかりしている自分達に対しての視線が怖かったし、
とても痛かった。

だけど、そうじゃなかった。
彼らは俺達の歌を、メッセージを、
真摯に受け止め、
聞いてくれたんです。



だから2ステージ目の校庭でのライヴは、
音の良し悪しなんて関係なしで、
いつものエレキギターを小さな小さなアンプにつないで、
爆音でかき鳴らしました。

いつも隣で聞いていたdiceの歌声は、
応援してくれたみんなの気持ちをのせて、
今までのどんな大きなステージよりも、
まっすぐに飛んでいきました。



きっとあそこが、
俺達の作る本当の「音楽」の始まりなのかもしれないと思います。

BLACK PEARLにまたひとつ、
新しい「核」のような物が生まれました。

この事を経験させてくれた、
全ての協力者の方々に、
心からお礼を言わせて下さい。


皆さん、本当にありがとうございました。



この経験はこれからのBLACK PEARL号の舵取りに、
多大な影響を与えてくれます。

いつか本当の意味で、
悲しみを吹き飛ばせるように。

そんなミュージシャンになりたいと思います。



人間は強い生き物です。

僕らは偶然にも同じ時代を生きているのだから、
命を賭けて、一緒に笑いたい。



人は誰しも、
誰かの幸せの為に全てを犠牲になんて出来ないが、
俺は俺なりのやり方で、
誰かを幸せな気持ちに出来る人間になりたいと思います。



被災地である岩手県出身の、
今は亡き伝説の文豪は、
数ある有名な小説の他に、
メモ書きでこんな事も書いていました。



雨ニモマケズ 風ニモマケズ
雪ニモ夏ノ暑サニモマケヌ丈夫ナカラダヲモチ
欲ハナク 決シテ瞋ラズ イツモシズカニワラッテイル
一日ニ玄米四合ト 味噌ト少シノ野菜ヲタベ
アラユルコトヲ ジブンヲカンジョウニ入レズニ
ヨクミキキシワカリ ソシテワスレズ
野原ノ松ノ林ノ蔭ノ 小サナ萱ブキノ小屋ニイテ
東ニ病気ノコドモアレバ 行ッテ看病シテヤリ
西ニツカレタ母アレバ 行ッテソノ稲ノ束ヲ負イ
南ニ死ニソウナ人アレバ 行ッテコワガラナクテモイイトイイ
北ニケンカヤソショウガアレバツマラナイカラヤメロトイイ
ヒデリノトキハナミダヲナガシ
サムサノナツハオロオロアルキ
ミンナニデクノボートヨバレ
ホメラレモセズ クニモサレズ
ソウイウモノニ ワタシハナリタイ



私も、なりたい。

最後まで読んでくれて、
どうもありがとう。


次のステージで会いましょう。

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